夜空に赤く輝く星、火星。
太古の昔から、人類は火星に対して生命の可能性を感じていました。
そしていつか到達すべき「第二の故郷」となるだろうと、そういった夢を見てきました。
その夢に、大胆かつ無謀とも言える方法で挑んだ者たちがいました。
このことはニュースにもなったので、もしかしたらあなたも知っているかもしれません。
それは、選ばれし者たちを火星へと送り込む、
しかし地球への帰還を想定しない「片道切符」の移住計画でした。
そう、オランダ発のプロジェクト「マーズワン」のことです。
一体どんな物語だったのでしょうか。それをこの記事で見ていきましょう。
マーズワン計画(火星移住計画)とは?
マーズワン計画は、単なる宇宙探査ではなく、
人類が地球以外の惑星で永続的に生活を始めるという、
種の存続をかけた壮大な社会実験の幕開けとなるはずでした。
いつ・誰が・どこで・何を目指したのか
マーズワン計画は、
2012年にオランダの実業家バス・ランスドルプ氏らが
設立した枠組みのもとで掲げられた民間の火星移住構想です。
組織は非営利のMars One Foundation(オランダ)と、
プロジェクトの放映権・スポンサー収入の商業化を担うMars One Ventures AG(スイス)の二本立てでした。
最終目標は、2030年代に最初の4人のクルーを火星に着陸させ、
その後2年ごとに新たな移住者を送り込み、恒久的な拠点を育てることでした。
応募は世界規模で行われ、関心表明は20万人超と報じられましたが、
実際に手数料や必要書類等を提出して応募を完了させた人は4,227人にとどまりました。
ここから1,058名の候補者が正式に選ばれますが、
そこからさらに100名(男女50名ずつ)に絞られます。
そして最終的には40名に絞るというところまでは発表されました。
なぜ立ち上がったのか(当時の状況)
計画が立ち上がった背景には、
宇宙開発の主役が国家から民間へと広がりはじめた潮流がありました。
マーズワンは、選抜〜訓練〜火星での生活までを国際的なメディア企画として可視化し、
その放映権料やスポンサー収入を主要財源とするスキームを構想していたのです。
技術開発とエンタメを組み合わせて、
一般の人たちも巻き込みながら「火星移住」というテーマを、
社会の話題として広めたことが、これまでになかった特徴でした。
マーズワン計画(火星移住計画)の技術と仕組み
パズルのピースは確かに揃っていました。
けれど、それをどう組み合わせるかの設計図を作るにあたって、
彼らは少し夢を見すぎていたのかもしれません。
実は、マーズワン計画は、まったく新しい技術を発明するのではなく、
すでにある技術を組み合わせて実現しようとした試みだったのです。
中核となる技術要素
構想の段階では、火星への輸送には民間のロケットを使い、
通信は地球と火星の間をつなぐ中継衛星で行う予定でした。
地表の電力は太陽電池、
消耗する資材はできるだけ現地の資源(ISRU:現地資源利用)。
これらでまかなう方針でした。
また、水は地下の氷や水分を含んだ土(レゴリス)から取り出し、
酸素はその水を電気分解して得る計画です。
農業については、LED照明を使った密閉型の栽培システムを導入することが考えられていました。
※用語注
レゴリス:天体表面の岩石が風化・衝突で砕けてできた砂や塵の層。
ISRU=In‑Situ Resource Utilization(現地資源利用)。
どのように実現しようとしたか
計画には段階的なロードマップがありました。
まず2018年に、着陸機と通信衛星による無人の技術実証を行う予定でした。
(この段階では宇宙機メーカーが概念検討を担当)
その後、居住ユニットや発電・通信設備などの物資を先に送り込み、
選抜と訓練を終えた最初の4人を2030年代前半に火星へ送り込む、という構想です。
地表では、先に送った設備を組み立てて拡張し、
2年ごとに4人ずつ新たなクルーを追加して、
拠点の自立性を徐々に高めていく計画でした。
計画が描いた火星での生活
- 最初のクルー人数:4名(以後2年ごとに4名追加)
- 資源確保の基本方針:水はレゴリス/地下氷から抽出、酸素は電解等で生成(ISRUを重視)
- 食料生産:居住モジュール内の閉鎖環境栽培を導入
- 通信:地球との通信は光速度制約により片道数分〜20分超の遅延(往復6〜40分程度)
※注:通信遅延は地球—火星の相対距離で大きく変動します。
マーズワン計画(火星移住計画)はなぜ未完に終わったのか
壮大な夢は、重力という現実に引き戻されるように、ゆっくりと地上へ降りていきました。
計画の斬新さは、確かに多くの人々を魅了しました。
その実現を妨げたのは「技術」「資金」「統治(倫理や制度)」という三つの大きな壁でした。
技術的・安全上の課題
最大の課題は、「閉鎖生態系」と「現地資源利用(ISRU)」を組み合わせて、
人が長期間生きられる環境をどう実現するかという点でした。
独立した研究機関の評価では、いくつもの深刻な問題が指摘されています。
例えば以下のように。
① 居住空間で植物を育てると酸素が過剰になり、火災の危険が急増する。
② 食料を自給できるほどの規模に拡張すると、大気の成分バランスが崩れ、生命維持が難しくなる。
③ 補給物資やスペアパーツの重さの見積もりが甘く、想定されていた打ち上げ回数では到底まかなえない。
さらに、着陸時の重量制御、放射線防護、
長期間のシステム冗長化といった重要な技術も、
当時はまだ十分に成熟していませんでした。
※用語注
等価系統質量(ESM):装置の質量に、発電・冷却・占有容積・乗員作業時間などの負担を換算して加えた設計指標。
政治的・経済的・社会的要因
資金を確保できなかったことが、最大の決定打となりました。
番組の放映権やスポンサー契約など、メディアを通じた収益に頼るビジネスモデルは、
結局大口の契約を得られなかったのです。
その結果、商業部門である「Mars One Ventures AG」は
2019年1月15日、スイス・バーゼルで正式に破産。
財団側の活動もほぼ止まり、2018年に予定されていた無人技術実証は実施されないまま、
計画全体が自然消滅する形で終わりました。
マーズワン計画(火星移住計画)がもし実現していたら
もしも、あの赤い大地に最初の一歩が記されていたなら、私たちの夜空の眺めは変わっていただろうか。マーズワンは未完に終わりましたが、その挑戦が社会にもたらした可視化効果は小さくありません。火星移住の技術的ボトルネック(ライフサポート、着陸重量、電力、放射線)と、資金・ガバナンス課題(長期運営、倫理審査、国際周波数・電波管理)を、一般の議論へと引き上げたのです。
もし、あの赤い大地に人類の最初の足跡が刻まれていたなら、
私たちは夜空を見るたびに、少し違う気持ちになっていたかもしれませんね。
火星を意識し、夜空に火星を探す人がきっと多かったでしょう。
マーズワン計画は未完に終わりましたが、
その挑戦が社会にもたらした影響は決して小さくありません。
火星移住の技術的な課題(生命維持、着陸重量、電力供給、放射線対策)や、
資金・運営面の問題(長期的な管理、倫理審査、国際的な電波・周波数の扱い)を、
一般の議論に引き出したという意味で大きな意義を残してくれました。
当時描かれていた未来像
もしこの計画が実現していたなら、
人類はついに「多惑星に生きる種」としての第一歩を踏み出していたでしょうか。
そして火星の拠点は科学技術の実験場であると同時に、
地球とは異なる新しい文化や社会の形が芽生える場所になっていたでしょう。
それは、地球規模のリスクに備える「種の保険」であ流のと同時に、あたらしい世界へ挑む意思の象徴として、
多くの人々に希望と議論と気づきを同時にもたらしたかもしれません。
現代からの展望と課題
マーズワンの挫折は、以後の計画に負の遺産ではなく、次に進むための「設計条件」を明確にしてくれました。
例えばこのように。
- 無人段階での実規模の長期ライフサポート実証(作物・空気再生・故障時の隔離運用)
- 高信頼のISRU(水抽出・酸素製造)と冗長構成
- 着陸重量の拡大(大型貨物着陸技術)
- 電力の安定確保(太陽電池+蓄電、あるいは小型核)
- 国際的な安全・倫理・電波管理のルール整備
これらの要件は、現在進められている月面での長期滞在計画や、
大型宇宙船の開発にも通じる節目となっています。
年表
年月 | 出来事 |
---|---|
2012年5月 | マーズワン構想が国際的に発表(財団と商業部門の二本立てで推進) |
2013年12月 | 2018年の無人技術実証(着陸機+通信衛星)の概念検討を公表 (メーカーと契約は概念検討段階) |
2013年12月 | 候補者1,058名を次段階に選抜と発表 (完了応募は数千件規模) |
2015年 | 独立学術評価が計画の実現性に深刻な疑義 (ライフサポート、ISRU、着陸重量等) |
2018年 | 無人実証は延期のまま未実施 |
2019年1月15日 | 商業部門Mars One Ventures AGがスイス・バーゼルで破産確定、 実質的に計画終息 |
2021年2月 | NASAの探査車「パーサヴィアランス」火星着陸(火星有人化研究の基盤データを拡充) |
2023年以降 | 大型宇宙船や月面長期滞在の実証が前進(火星移住に波及) |
FAQ
マーズワン計画はいつ始まったのですか?
2012年に構想が国際発表され、2013年に候補者公募と無人技術実証の概念検討が公表されました。
実機製作・打上げには至っていません。
なぜ中止されたのですか?
最大の要因は資金調達の失敗で、商業部門が2019年に破産確定となりました。
加えて、ライフサポートや着陸重量、運用冗長性などの技術的前提が不十分で、
独立評価が実現性に否定的だったことも重なりました。
現在も火星移住の研究は続いているのですか?
はい。
月面拠点での長期滞在技術、ISRU、閉鎖生態系の実証など、
火星移住の前段となる研究開発は公的機関・民間で継続しています。
大型宇宙船の反復試験も、人員・物資の大量輸送というボトルネック解消に向けた前提条件づくりです。
まとめ
- 結論:マーズワンは民間主導の片道移住構想だったが、
資金と技術前提の不足により2019年に事実上終息。 - 根拠:2018年無人実証の概念検討はあったが契約は概念段階に留まり、
独立評価はライフサポート等に実現性の欠陥を指摘。 - 未完理由:商業部門の破産確定(2019年1月15日)と、
ライフサポート・ISRU・着陸重量・冗長化の技術ギャップ。 - 未来インパクト:火星移住の技術・資金・統治課題を可視化し、
後続の実証計画に「満たすべき設計要件」を残した。
マーズワン計画は、夢の大きさと現実の厳しさのあいだにある、
果てしない距離を私たちに見せつけてくれました。
無謀と挑戦の境界を見直すきっかけとなったこの挫折は、
いまも形を変えて続く人類の宇宙探査計画における「設計基準」として息づいています。
と、綺麗にまとめてみました。
…個人的には「片道切符」というのをよく計画したものだなぁ…と思わざるを得ません…。
参考資料・出典
マーズワン計画関連の一次・公的情報
- ZEFIX(スイス商業登記):Mars One Ventures AG in Liquidation(2019年1月15日 破産確定の記録)。
- Space.com(登記記録の要旨引用):Mars One Ventures AGの清算・破産(2019年1月)。
- Lockheed Martin / SSTL 概念検討の報道一次配信:2018年無人実証の概念検討発表(2013年12月)。
- MIT(査読論文):Sydney Do et al., “An independent assessment of the technical feasibility of the Mars One mission plan” — ライフサポート・ISRU・着陸重量等の実現性評価。
- NASA NTRS(技術コメント):Harry W. Jones, “Comments on the MIT Assessment of the Mars One Plan” — 設計仮定の妥当性に関する技術的論点整理。
- Mars One 技術資料(ECLSS 概念評価, 2013):通信往復6〜40分の遅延ほか、基本設計前提の記載。
- 応募者数の公的報道:NBC News(2013年9月9日)— 有料の完了応募4,227件の報道。