月面都市計画。
あなたも耳にしたことがあることでしょう。
これはその名の通り、
月にある資源を活用し移動可能な居住施設を組み合わせることで、
「住む」から「暮らす」、そして「社会を営む」へと
段階的に発展させていく長期的な構想です。
さて、この記事では、凍てつくクレーターの縁から昇る太陽、その光が絶えず注ぐ南極の稜線、
そして深い闇の中に眠る太古の氷といった月面の情景を舞台に、
最初の居住棟が設置される「その日」を目指す技術者たちの挑戦を追います。
月面都市計画とは?
改めて。
月面都市計画とは、
月での長期滞在拠点を中心に、
現地の資源利用(ISRU)、移動手段(ローバー)、電力網などを組み合わせて、
生活の範囲を都市規模にまで広げていこうとする計画です。
アポロ計画の熱気が冷めやらぬ1970年代、
科学者たちは月を単なる遠い観測場所ではなく、地球に近い「生活圏」と見なしはじめました。
ですが、月という世界は地球とは全く違います。
真空、強い放射線、降り注ぐ微小隕石、そして極端な温度差。
そう、地球の常識が全く通用しないこの場所で、
彼らは都市を構成する「部品」として、内部の気圧を保つ居住棟、
出入りのためのエアロック、月の砂「レゴリス」を使った防護壁、
そして移動しながら生活するための探査車「ローバー」などを構想しました。
21世紀に入り、この計画は月の南極に場所を移し、「アルテミス計画」として再び動き出します。
実は、月の南極は太陽の光(エネルギー源)と氷(水や酸素、燃料の原料)が両方手に入るという、
まさに都市を築くための理想的な場所だったのです。
【補足】
ISRU(In-Situ Resource Utilization)とは、現地資源利用のこと。
月の氷やレゴリスから水、酸素、建材、燃料などを取り出す技術を指します。
どのような未来が描かれていたのか
この計画は、
まずは小さな基地から始まり。
次に「動く家」が登場し。
そして最終的には点在する拠点を結びつけて都市としての機能と密度を高めていく。
このようなステップで考えられていました。
詳細を見ていきましょう。
頑丈な金属製のキャビンか、空気で膨らませるタイプのモジュールを想定。
これを地面に設置し、上から月の砂「レゴリス」を2~3メートルほど被せることで、
危険な放射線や微小隕石から内部を守る。
施設の中には、空気と水を循環させる生命維持装置、植物工場、通信室などを備える。
窓を設置するのは危険なため、特殊なパイプで太陽光を届けたり、
外部カメラの高精細な映像を室内に映し出したりして、外の様子がわかるように。
宇宙服を着たまま乗り込むタイプは単なる移動手段だが、
内部が与圧された「加圧ローバー」であれば、
宇宙服を脱いで普段着のまま移動や作業、仮眠までできるように。
電力は、太陽光が常に当たる南極の山の稜線に設置した太陽電池と、
夜や日陰をカバーする小型の原子力電池でまかなう。
こうして行動範囲を広げた調査隊は、
天然の洞窟(溶岩チューブ)や谷間の地形を利用して居住区を点在させ、
それらをつなぐ「ムーンバレー構想」のような未来を描いていた。
そう、道はレゴリスを焼き固めて舗装され、通信アンテナや天文台が立ち並ぶ光景を。
【補足】
加圧ローバーとは、内部が与圧され、乗員が宇宙服を脱いで活動できる移動拠点のこと。
行動範囲と滞在期間を飛躍的に広げます。
なぜ計画は実現しなかったのか
このような計画が、なぜ実現しなかったのでしょうか。
結論から言うと、
莫大なコスト、政治的な状況の変化、技術的な課題、
そして環境のリスクといった問題が同時に発生し、
計画を継続するための資金が続かなくなったためです。
アポロ計画の後の、国全体で宇宙開発を推し進めようという勢いは次第に失われていきました。
というのも、月面都市のような計画は一度きりの偉業とは違い、継続的な投資が不可欠だからです。
何を、どこまで投資し続ければいいのか。見えない未来。
それだけではなく、
月面の過酷な環境が技術的な課題を次々と突きつけてきたというのも大きいでしょう。
月面は真空状態なのはご存知かと思います。
そんな真空状態の中では部品からガスが放出され、細かな砂は機械の潤滑を妨げ、
激しい温度差は気密性を保つシール材を劣化させます。
また、地球の6分の1という低重力下では、地面を固めることさえ簡単ではありません。
居住施設を守るために2~3メートルの砂を積み上げるだけでも、大変な労力が必要です。
このような困難な課題が積み重なるにつれ、
政府や国民の関心は別の問題へと移っていくのも仕方のないことだったのかもしれません。
こうして、計画は完全に中止されたわけではないものの、前進もできない停滞状態に陥りました。
夢は未来へ:現代に受け継がれる計画
では、この月面都市計画は完全に潰えてしまったのでしょうか?
というと、実はそうではありません。
かつての構想は基礎研究として水面下で続けられ、
現在の「アルテミス計画」における月面基地構想の中で、
新たな形で息づいています。
固定型の拠点、月面探査車(LTV)、与圧ローバー、
そして多様な電源システムといった要素が、
現代の技術で再設計されているのです。
アルテミス計画では、月の南極にある太陽光が常に当たる場所を拠点とし、
滞在期間を短期から数週間、さらには月単位へと延ばしていくことを目指しています。
宇宙服を着て乗る月面探査車(LTV)で行動範囲を広げつつ、
「移動できる居住空間」ともいえる与圧ローバーで、より長期間の探査活動を可能にしようとしています。
また、電源については、太陽光と蓄電池を基本としながら、
夜間や日陰でも活動できるよう、小型の原子力電池(10kW級を想定)の利用も検討されています。
その他、現地の氷から作り出した水、酸素、そして水素は、
生命維持やロケットの燃料として使われます。
現在においては国際的な協力や民間企業の参加も進み、
月面都市を構成する部品がひとつずつ着実に月面に設置されようとしています。
FAQ
月への移住はいつ実現する?
「都市」として自立するには数十年単位の時間が必要。
※ここで言う「都市」とは、医療、教育、産業、法制度などが自立した社会のこと
それでも、長期滞在が可能な拠点が、
今後10年ほどの間に段階的に拡張されていくことは現実的。
月に移住するメリットは?
科学的側面から:
太古の地球の記録が残る地質や、電波天文学にとって理想的な環境が手に入る。
産業面から:
氷からロケットの推進剤を、レゴリスから建材を作り出せるように。
また、人類が複数の天体で暮らすことで、「人間「としての種のリスク分散にもつながるとも。
地球の外に新たなサプライチェーンの基盤が生まれる可能性も。
月に住むことで生活はどうなる?
地球の6分の1の重力では骨や筋肉が衰えるため、
特別な運動や栄養管理を日常生活に組み込む必要が発生する。
また、南極付近では太陽の高度が常に低いため、
人工照明や作業スケジュールを調整して体内時計を維持する必要がある。
有害な砂(ダスト)は居住区に持ち込まないようにエアロック(空気壁)で徹底的に除去し、
「外着」と「内着」を厳密に分けることが常識となるだろう。
なぜ月への移住を計画するのか?
科学、産業、安全保障の3つの目的を柱として、
さらに遠い火星や小惑星帯へ人類が進出するための足がかりにするため。
月は宇宙への「前進基地」であり、未来の技術と社会を試すための「壮大な実験場」でもあるから。
今、月には巨大な人工建造物はある?
大規模な「都市」と呼べる建築物はまだない。
しかし、観測・通信設備や着陸地点の整備、レゴリスを焼き固めた簡易的な舗装など、
「都市の部品」となる技術は実証段階にある。
将来的には、起伏の少ない「ムーンバレー」のような谷地形を利用して、
施設を分散配置する案が有力視されているとのこと。
おわりに:「未完」は未来への可能性
月面都市計画とは、拠点を築き、移動手段を確保し、
それらをつなぎ合わせることで「住める範囲」を広げ、
「暮らせる密度」を高めていく壮大な物語、と言えるかもしれません。
クレーターの縁に街灯が灯り、月の砂で舗装された道をローバーが静かに進んでいく。
建物の中では、地球にいるのと変わりない生活を送れている。
そんな夜を想像してみてください。
計画が「未完」であることは、失敗を意味しません。
それは、これから先のページを私たちが書き加えられると言う意味なのですから。
その物語を紡いでいこうとする技術と意志こそが、月面に新たな都市を誕生させる原動力となるのです。
月は遠い目標ではなく次の生活圏となる未来が、
もしかしたら本当にやってくるかもしれませんね。
【参考・出典】
- NASA, “Lunar Living: Artemis Base Camp Concept”
- AIAA 2002-6113, Haym Benaroya, “An Overview of Lunar Base Structures: Past and Future”
- NASA Contractor Report CR-195687