2026年1月、OECDがグローバル最低法人税(Pillar Two / GloBE)の運用に関するSide-by-Side Packageを公表した。報道では「米国企業が実質免除」といった短い言い回しが飛び交ったが、制度の実態はもう少し乾いている。課税が消えるわけではなく、運用上の扱いが整理され、摩擦を小さくするための部品がいくつも追加された、というのが一次情報から読み取れる範囲だ。
これについては解説編と影響編をそれぞれ記事にしているので、もし未読で、そして興味があればぜひ読んでみて欲しい。


さて、国際課税の話題がふたたび「タックスヘイブン」という言葉を使い出すのは、制度が変わったからというより、制度の周辺で動く利害が変わり得るからだ。
この記事で描きたいのは、税率の数字そのものではなく、税をめぐる力学がどの方向に傾きやすくなるか、である。
1. 「免除」の議論が示すのは、税額より運用の差である
まず押さえておきたいのは、Side-by-Sideが生む差が、すぐに「誰の税金が何%下がる」といった分かりやすい話になりにくい点だ。Pillar Twoは、国・地域(jurisdiction)ごとに実効税率を見て、足りない分をトップアップ課税で埋める仕組みになっている。
とはいえ、実務で効いてくるのは別のところだ。どのデータを使うのか。どこまで簡単な計算で済ませられるのか。どこまでをセーフハーバーとして「簡便扱い」できるのか。ここが変わるだけで、現場の手間も不確実性も大きく変わる。
報道が「実質免除」と呼んでいるのは、多くの場合、米国に親会社がある多国籍企業グループが、他国からの上乗せ課税を受けにくくなる、という意味合いのはずだ。しかし、言葉が短いほど、複雑な前提が切り落とされる。そして、その切り落とされた部分にこそ、疑念や不満が入り込みやすい。
もし運用の差が長く残るなら、企業が競争上の優位を取りにいく道筋は、「税率の低い国に拠点を置く」だけではなくなる。むしろ、規制が読みやすいか、申告が軽いか、監査で詰まりにくいか、といった管理しやすさの差が企業行動を押していく。
タックスヘイブン的な現象が戻るとすれば、それは「税率が低いから」という単純な理由ではなく、「不確実性を避けるために、制度の継ぎ目や抜け道が使われる」という形で起きやすくなるのではないか。
2. 低税率国が戻ってくるとしたら、動機は「税率」より「誘致の物語」である
アイルランドやシンガポールのような国や地域は、もう「税率が低いから勝っている」という単純な話ではない。
法制度が安定していること。英語で実務が回ること。金融や法律サービスが厚いこと。研究開発や人材が集まっていること。そうした要素を積み重ねて、「ここに拠点を置く理由」を作ってきた。
Pillar Twoが本気で効く局面では、低税率という武器は、QDMTTやトップアップ課税でかなり打ち消される。税率だけを下げても、最終的には最低水準まで引き上げられるからだ。
ただ、制度が多層化し、セーフハーバーや並走の仕組みが広がっていくほど、企業が見るポイントは少しずつ変わる。焦点は「税率が何%か」ではなく、「最終的にどう着地するかが読めるかどうか」に移る。
仮に、これからも低税率国が企業を引き寄せるとすれば、それは税率をさらに下げたときではない。むしろ、次のような条件が整ったときだろう。
第一に、Pillar Two対応に必要なデータや申告を、無理なく回せる行政手続きと実務の型ができていること。
第二に、税務当局の運用が透明で、争いが長引きにくいこと。
第三に、会計・税務・法務の専門家が十分にそろい、企業が投資家や監査人に説明しやすい環境があること。
見た目の税率が同じでも、「説明しやすい国」に資金が集まる場面はあり得る。不確実性が低く、着地点が読めること自体が価値になる。
そうなると、「タックスヘイブン」という言葉の意味も変わる。
それは単に税率が低い場所を指すのではなく、「制度の中でどう扱われるかが読みやすい場所」を指す概念へと形を変えるのかもしれない。
3. 企業の租税回避は「いたちごっこ」から「設計競争」へ寄る
「租税回避」という言葉はどうしても強い印象を与えるので、ここでは「税務設計」と呼ぶことにする。
多国籍企業が日常的に行っているのは、違法行為ではない。多くの場合は、合法の範囲で、どの国の制度をどう組み合わせれば合理的かを設計する作業だ。制度の選択肢が増えれば増えるほど、その設計は静かに、しかし確実に高度化していく。
Side-by-Sideのような運用整理が進むと、企業が見るポイントも変わる。
単純に「税率が低い国」を選ぶというより、「制度の差ができるだけ小さく見える構図」を作る方向に意識が向きやすい。
実効税率の計算単位はどうか。
控除はどう扱われるか。
移行措置の条件は何か。
情報申告はどこまで必要か。
こうした細かな違いが、投資先の選択や知的財産の配置、社内取引の設計に影響していく。
ここで大事なのは、「何が起きる」と決めつけることではない。むしろ、「何が動きやすくなるか」を見ることなのだ。
動きやすくなるのは、おそらく二つある。
一つは、法的な結果が同じでも、説明や開示のコストが低いルートに寄せていく動きだ。企業は、税額そのものだけでなく、監査や投資家への説明のしやすさを重視する。
もう一つは、各国の実装に差が残っている間、その継ぎ目を使って最適化を図る動きだ。制度が完全に揃わない限り、その差は設計の材料になる。
これをタックスヘイブンの復活と呼ぶかどうかは、言葉をどう扱うかによる。
ただ、税の競争が「税率の高さ低さ」ではなく、「制度をどう運用するか」という勝負に移りつつある兆しがある、とは言えるだろう。
4. 欧米の摩擦は、税そのものよりも「税が触れる別の政策領域」から表に出やすい
国際課税の対立が、そのまま貿易戦争に発展するとは限らない。
ただし、税の問題は税だけで完結しない。デジタル政策、競争政策、補助金、環境規制、安全保障。税が不公平だと受け止められたとき、その反発は別の分野で形を表すことがある。
過去を見れば、欧州でデジタルサービス税(DST)を導入しようとした際、米国との緊張が高まった局面があった。Pillar One(市場国課税)の議論が停滞したり、デジタル課税の公平性が再び政治問題になったりすれば、税の枠を超えた対応が検討される余地は残る。
だからといって、それが直ちに関税の引き上げに直結するとは言えない。
だが、「税に対する不満」が、通商交渉や規制措置のカードとして使われる可能性は、国際政治の構造上あり得る。
仮に、税制合意の運用が長期間不安定なまま揺れ続けた場合、欧米間の摩擦は「税で税を打ち返す」形よりも、規制や制裁といった形で表れてくるかもしれない。
税は火そのものではない。だが、状況次第では導火線にはなり得るだろう。
5. 日本は「税率の損得」より「制度の重さ」を抱えやすい
国家の話から、企業へ。企業から、さらに個人へと視点を移していこう。
日本が向き合う可能性が高いのは、税収の増減そのものよりも、制度の「重さ」かもしれない。というのも、Pillar Twoへの対応は、単に税額を計算する作業ではないからだ。
連結会計データをどこまで細かく整えるか、監査でどう説明するか、国ごとの数値をどう整合させるか、情報申告の体制をどう作るか。
こうした課題が一体で押し寄せる。影響は、現金の税額よりも先に、組織や業務プロセスの負担として表に出る。
もし、米国に親会社を置くグループの上乗せ課税リスクが相対的に下がり、非米国側の対応負担が重く見える状態が続けば、差は税率の数字ではなく、意思決定の速さに表れやすい。
投資判断が慎重になり、社内外への説明が増え、監査対応が厚くなる。こうした変化は損益計算書にすぐ現れるわけではないが、企業の動きを鈍らせる。
個人の生活への影響を断定することはできない。賃金も物価も株価も、さまざまな要因で動く。
ただし、企業が制度対応に時間と資源を割き、投資の優先順位を見直す局面では、雇用や賃上げの余力に影響が及ぶ可能性はあるだろう。物価への反映もありえると思っている。
6. 2027年見直しが意味を持つのは、制度の正しさより「納得の回復」だからだ
こうした国際合意は、条文の精密さだけで成り立っているわけではない。
最終的に支えているのは、結局「納得」なのだ。そして納得は、税率の数字よりも、「運用が公平に見えるかどうか」で揺らぐ。
もし2026年を通じて、ある国の企業だけが目に見えて有利に見え、別の国の企業だけが重い説明責任を負っているように映る状態が続けば、見直しは単なる技術的な修正では済まなくなる。
国際課税は、各国の議会や世論を通らなければ国内法として実装できない。納得が弱まれば、実装は遅れ、例外は増え、制度はさらに複雑になる。
制度が複雑になればなるほど、企業はその継ぎ目を読み取り、設計の余地を探す。その循環が続けば、「タックスヘイブンが復活した」と見える現象が生まれても不思議ではない。
ここで描いているのは予言ではない。あくまでも、制度が多層化したときに、どの方向へ力が働きやすいか、という整理だ。
Side-by-Sideは、枠組みを壊すためではなく、枠組みを機能させるための調整として提示された。
だが、制度を動かすための調整は、ときに別の力学を呼び込む。その結果の見え方が変わるだけでも、検討に値する材料にはなる。
まとめ
この記事で言いたいのは、Side-by-Sideをきっかけに国際課税の枠組みがすぐに崩れる、ということではない。一次情報を見る限り、今回の整理はむしろ枠組みを維持し、実際に運用できるようにするための調整という性格が強い。
ただし、制度が細かくなり、例外や簡素化措置が積み重なるほど、税の競争の軸は変わりやすい。単純な税率の高低ではなく、「どれだけ読みやすいか」「どれだけ説明しやすいか」という点が重みを持ち始める。
その結果、低税率国が税率そのものではなく、予見可能性の高さを武器に存在感を取り戻す、という形で「タックスヘイブン的な現象」が現れる可能性は、仮想シナリオとしては十分に考えられる。
結局、問うべきなのは「何が起きるか」よりも、「何が動きやすくなるか」だ。
各国はSide-by-Sideの内容をどう国内法に落とし込むのか。企業の開示にはどれだけ不確実性が残るのか。摩擦が生じた場合、それは税の枠内で処理されるのか、それとも通商や規制の問題として表面化するのか。
こうした観点を持っておくと、ニュースの見え方は少し変わるかもしれない。
私が一読者として現時点で確定できるのはここまでだが、それでも十分に考える価値はあるかもしれない。
出典・参考(一次・公式>報道>実務解説の順)
・OECD(一次)
Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy – Global Anti-Base Erosion Model Rules (Pillar Two), Side-by-Side Package(2026-01-05)
https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/topics/policy-sub-issues/global-minimum-tax/side-by-side-package.pdf
・OECD(一次)
Global minimum tax: Understanding the Side-by-Side package(OECD公式イベント)
https://www.oecd.org/en/events/2026/01/global-minimum-tax-understanding-the-side-by-side-package.html
・Reuters(報道)
More than 145 countries agree on update to global minimum tax deal, addressing US concerns(2026-01-05)
https://www.reuters.com/business/more-than-145-countries-agree-update-global-minimum-tax-deal-addressing-us-2026-01-05/
4) Reuters(報道)
Where the global minimum corporate tax deal stands now(2026-01-06)
https://www.reuters.com/business/where-global-minimum-corporate-tax-deal-stands-now-2026-01-06/
・Mayer Brown(実務解説)
OECD Pillar Two Side-by-Side System and New Safe Harbors(2026-01)
https://www.mayerbrown.com/en/insights/publications/2026/01/oecd-pillar-two-side-by-side-system-and-new-safe-harbors
・Allen & Overy Shearman(実務解説)
The side-by-side package and the global minimum tax: what you need to know(2026-01)
https://www.aoshearman.com/en/insights/the-side-by-side-package-and-the-global-minimum-tax-what-you-need-to-know
