アメリカの公民権(civil rights)とは何か:1950〜60年代から見える「差別されない」仕組みはどのように作られたのか

アメリカのニュースを見ていると、「civil rights(公民権)」という言葉がごく普通に使われています。

ですが、日本語の「公民権」という言葉には「選挙権」のイメージが強いため、「それって投票のこと? それとももっと広い意味があるの?」と感じる人も多いかもしれません。

ですが、1950〜60年代のアメリカを振り返ると、その核心が見えてくるかもしれません。

学校や地域の施設、職場、住まい、投票の手続き。こういった暮らしのあらゆる場面に、制度や慣習のかたちで「差別」が入り込み、同じ条件で扱われない現実がありました。しかもそれは特別なことではなく、「そんなものだよね」と受け入れられていた空気すらありました。

アメリカで語られる civil rights の中心は、まさにそうした日常の不公平を変えていくことにあります。

働く、学ぶ、住む、店や公共サービスを利用する。このような生活の基盤のどこにも、特定の属性による見えない線を引かせないようにすること。これを精神論ではなく、法や制度として実現していこうとした歴史、それが civil rights の中身です。

この記事では、1950〜60年代を中心に、civil rights が「理念」から「制度」へと形を変えていった流れを物語として整理します。

細かな年号を覚えることよりも、「何が起き」「何が法律として定まり」「誰が実際に動かす仕組みになったのか」。その全体像をつかむことを目指します。

なお、この時期の civil rights は、とくにアフリカ系アメリカ人に対する人種差別と、それに立ち向かった公民権運動を軸に展開しました。ここでは、その動きを中心に、制度がどのように整えられていったのかを見ていきます。

目次

まず定義:civil rights は「差別されずに同じ扱いを受ける権利」

civil rights(シビル ライツ)。

これを一言でいえば、社会の制度やサービスの中で、人種や宗教、性別、出身国などを理由に不当に排除されたり、不利に扱われたりしないための権利のこと、、となります。

そして投票に限らず、雇用、教育、住まい、公共サービスなど、生活のさまざまな場面を含めて語られることが多いのが特徴です。

ただし、ここで押さえておきたい前提があります。それは、civil rights は「誰でも何でも同じ扱いを要求できる」という意味ない、ということです。

どの属性が(何を理由とする差別が)、どの領域で、どの程度保護されるかは、憲法・法律・判例、そして行政の運用の中で枠が作られます。つまり、差別の論点になり得る条件と、その対象領域には、制度としての“範囲”があるということです。

civil liberties とはどう違う?

似た言葉に civil liberties(自由権)があります。違いをざっくりいうと、このような感じになります。

  • civil rights:同じ条件で扱われること(差別されない、排除されない)
  • civil liberties:国家が踏み込みすぎないこと(表現の自由、信教の自由など)

採用で人種を理由に落とされるのは civil rights の話になりやすく、行政が言論を制限するのは civil liberties の話になりやすい、というイメージです。

とはいえ、現実的にはきれいに二分できないことも多く、同じ問題が civil rights と civil liberties の両方の論点として扱われる場合もあります。ここでは理解の助けとして、いったん整理のために分けています。

物語の始まり:生活の場に引かれていた線

civil rights が制度として形になっていく背景には、当時のアメリカで、学校、職場、住まい、投票、公共の場といった暮らしの基本が、平等に開かれていなかった現実があります。制度や慣行のあり方によって、特定の人たちが同じ条件で利用できず、不利な扱いを受ける状態が続いていました。

この状態を変えるには、残念ながら「差別はよくない」という気持ちだけでは足りないのです。。どこで何が禁じられ、誰が見張り、どう直すのか?こういった、現場で効くルールと仕組みが必要になっていきます。

1950〜60年代は、その仕組みが一気に整っていく時期でした。

1954年:学校の分離は憲法に反すると最高裁が判断した(Brown v. Board)

この話の大きな節目の一つが、1954年の Brown v. Board of Education です。

これは、カンザス州トピカの公立学校で行われていた人種分離(黒人の子どもが白人の学校に通えない扱い)をめぐって争われ、最終的に連邦最高裁まで持ち込まれた裁判のことです。

最高裁は、公立学校で人種にもとづいて児童・生徒を分けることは、憲法(とくに平等原則)に反すると判断しました。

そして、重要なポイントにもなるのですが、これは教育だけの話に終わりませんでした。生活の基盤にある制度が「平等」とどう両立するのかが、司法の判断として明確になり、以後の公民権法制や執行の議論に火がつく形となったのです。

1957年:執行と監視の仕組みが整う

理念や判決があっても、それだけで現場が変わるとは限りません。差別を「禁じる」だけでなく、実際に見つけて、止めて、是正するための執行の仕組みが必要になります。

1957年の公民権法(Civil Rights Act of 1957)は、その流れをはっきり前に進めた出来事として位置づけられます。

司法省(DOJ)には公民権を扱う部門(Civil Rights Division)が置かれ、差別禁止を含む連邦法の執行を担う枠組みが整っていきます。あわせて同法は、U.S. Commission on Civil Rights(公民権委員会)を設置し、調査・報告といった監視の役割も制度として用意しました。

ここで押さえておきたいのは、civil rights が「こうあるべき」という道徳の話から一段進み、政府の仕事として回りはじめたことです。

法律を作るだけでなく、執行と監視の仕組みまでセットで用意することで、公民権は「紙の上の理念」ではなく、実際の運用として動きはじめます。

1964年:公民権法で「生活の場」の差別を止めにいく(Civil Rights Act of 1964)

1964年の公民権法は、civil rights を「現実に守るためのルール」に一気に近づけた法律です。雇用や公共の場など、日々の暮らしに直結する領域での差別を扱い、どこで何が許されないのかを、より具体的に示しました。

雇用の分野では、Title VII が中心になります。このTitle VII は、1964年公民権法のうち「雇用の差別」を扱う章で、採用・解雇・昇進などで人種、宗教、性別、出身国などを理由に不利な扱いをすることを禁じています。

もちろん、EEOC(雇用機会均等委員会)の公式ページにも、Title VII が人種、皮膚の色、宗教、性別、出身国などを理由とする雇用差別を禁じることが明記されています。

この法律以降、公民権は「良識に任せる話」ではなく、違反すれば是正の対象になるのだと、そういう性格を強めていきます。職場での差別が civil rights の典型的な論点として語られるようになるのは、こうした制度の後ろ盾ができたからです。

1965年:投票を妨げる仕組みに手を入れる(Voting Rights Act of 1965)

もう一つの核が、1965年の投票権法です。

投票は民主主義の土台なので、ここに差別的な運用が残ると、ほかの不利益を直すための政治参加自体がやりにくくなります。

投票権法が狙ったのは、紙の上では「投票できる」ことになっていても、実際には投票所にたどり着くまでにも壁が立ちはかだっているという現実です。そこでこの法律は、投票を妨げる差別的な運用や慣行を問題として捉え、連邦政府が是正に関われる枠組みを強めました。

典型例としてよく挙げられるのが、識字テストのように、形式上は「能力の確認」に見せながら、特定の人たちを排除する道具として使われ得る仕組みです。投票権法は、こうした「選挙の現場で起きる実務」に踏み込み、入口に置かれた障壁を取り除くことを狙いました。

障壁が取り除かれると何が変わるのか。

いちばん分かりやすいのは、投票が「権利としてある」だけでなく、「実際に行使できる」ものになることです。

投票所に行っても手続きで落とされる、登録が進まない、結果として政治参加が細っていく。こうした連鎖が、少なくとも制度面では起こりにくくなります。

つまり、投票の入口が開くことで、政治に参加する人が増え、地域の課題や不利益が議会や行政に届く回路が太くなっていく、という方向に進んでいくのです。

なお、これは1964年公民権法と並べて語られることは多いのですが、役割分担としては少し違います。

1964年法が生活の幅広い領域での差別を扱う「大きな枠」を作ったのに対し、投票権法は投票の運用そのものに焦点を当てて、具体的な障壁をつぶしにいった法律です。ここを分けて理解しておくと、ニュースで両者が出てきても混乱しにくくなります。

ここまでを5行でまとめると

1950〜60年代を中心に見て、civil rights が制度として形になっていく流れだけ抜き出すと、こうなります。

  1. 生活の基盤に関わる場(学校・職場・投票など)での不公平が、社会問題として表に出る
  2. 司法判断や憲法原則が、それを「許されない扱い」と位置づける(例:教育)
  3. 執行・監視の仕組みが整い、政府の仕事として動かせるようになる(1957年前後)
  4. 生活領域をカバーする法律が整備される(1964年)
  5. 政治参加を妨げる差別的な障壁に、投票の分野で切り込む(1965年)

よくある質問(FAQ)

civil rights を一言でいうと?

生活のさまざまな場面で、特定の属性を理由に不当に排除されず、同じ条件で扱われるための権利です。

公民権は投票権のこと?

投票権は中心テーマの一つですが、それだけではありません。雇用、教育、住まい、公共サービスなども含みます。

1964年と1965年の法律は何が違う?

1964年公民権法は生活領域(特に雇用など)の差別禁止を大きく広げ、1965年投票権法は投票への差別的障壁(識字テストなどの「差別的な実務」)を是正する枠組みを強めました。

まとめ

civil rights(公民権)は、投票権だけの話ではありません。働く、学ぶ、住む、公共サービスを利用する。そうした生活の基盤において、特定の属性を理由に不当に排除されないための考え方であり、制度なのです。

1950〜60年代に焦点を当てると、その骨格が見えてきます。

1954年の Brown v. Board of Education が「平等」を司法判断として突きつけ。1957年の公民権法で執行・監視の仕組みが整い。そして1964年公民権法が雇用や公共の場など生活領域の差別に踏み込み。ついに、1965年投票権法が投票を妨げる実務的な障壁に切り込んだ。

理念を掲げるだけでなく、ルールと仕組みで動かそうとした流れが、この時期に形になります。こうして見ると、アメリカでは「権利」を早い段階から制度と執行のセットで考えてきたことが分かりますね。

なお、civil rights の議論が「法律の話」で終わらず、雇用や政治参加といった生活の現場にどうつながっていくのかを、人物の歩みから追いたい方は、ジェシー・ジャクソンの経歴をまとめた記事もぜひ。

出典・参考(一次・公式中心)

  • U.S. Department of Justice, Civil Rights Division(部門概要)
    https://www.justice.gov/crt
  • U.S. Department of Justice, Civil Rights Division | Our Work
    https://www.justice.gov/crt/our-work
  • U.S. Commission on Civil Rights | Our Mission(1957年法で委員会設置)
    https://www.usccr.gov/about/mission
  • EEOC, Title VII of the Civil Rights Act of 1964(条文・公式解説)
    https://www.eeoc.gov/statutes/title-vii-civil-rights-act-1964
  • National Archives, Civil Rights Act (1964)(マイルストーン文書)
    https://www.archives.gov/milestone-documents/civil-rights-act
  • National Archives, Voting Rights Act (1965)(マイルストーン文書)
    https://www.archives.gov/milestone-documents/voting-rights-act
  • U.S. Department of Justice, Section 4 of the Voting Rights Act(識字テスト等「test or device」への言及)
    https://www.justice.gov/crt/section-4-voting-rights-act
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