この記事は「影響編」です。
ロイターの見出しで「米国が実質免除?」という表現が気になったため、一次情報(OECD)と実務解説を確認し、そのうえで「現場では何が変わり得るのか」に絞って整理してみました。
Side-by-Side合意(OECDのSide-by-Side Package)を受けて、企業の実務や競争条件にどんな変化が起きやすいかを、事実/見立て(シナリオ)/注意点に分けています。なお、制度の定義や一次情報については解説編にまとめてあります。

1. まず事実:影響が出やすいのは「税額」そのものより「上乗せ課税リスクと実務負担」
Side-by-Sideの議論は「米国だけ有利ではないか」という視点になりがちですが、実務の観点でまず押さえるべきポイントはそこではありません。
OECDが公表したSide-by-Side Packageを読むと、ポイントはシンプルです。
グローバル最低法人税(Pillar Two/GloBE)を実際に動かしやすくするために、計算や運用を少し簡単にし、米国の制度ともかみ合うように整理した、という内容です。
ロイターなどの報道では、今回の見直しによって、米国に親会社がある多国籍企業は、他国から上乗せ課税(特にIIRやUTPRの一部)を受けにくくなる方向だ、と説明されています。
ここから読み取れるのは、現金ベースの税額が一律に増える・減るという単純な話ではない、という点です。むしろ、
・どの国で上乗せ課税が発生しやすいか
・どの企業が追加対応を迫られやすいか
・コンプライアンスや計算コストが重くなるのはどこか
といった点で差が生じやすくなる、というのが実務上の影響です。
なお、ニュースで使われる「免除」という言葉は、法令上の完全な非課税を意味するものではありません。多くの場合、「他国による上乗せ課税が発生しにくくなる」という実務上の効果を指しています。税負担がゼロになる、という意味ではありません。
2. 企業実務に近い整理:米国親会社グループ/非米国親会社グループで論点が分かれる
ここは「どちらが得か」と単純化するよりも、「どの立場の企業が、どの論点に直面しやすいか」で分けたほうがいいかもしれません。
米国に親会社があるグループについては、実務解説(Grant Thorntonなど)が、Side-by-Sideの仕組みが想定どおり機能すれば、他国側でIIRやUTPRに基づく追加課税を受けるリスクが大きく下がる可能性がある、と説明しています。
ただし同時に、QDMTT(現地国が先に最低税率まで引き上げる課税)やGloBE Information Return(情報申告)は引き続き重要であり、データ整備や申告対応が不要になるわけではない、とも指摘しています。
一方、非米国親会社グループ(日本企業を含む)については、今回のパッケージで、恒久的な簡易ETR(実効税率)セーフハーバーや、移行期のCbCRセーフハーバー延長など、実務を軽くする方向の措置が議論されています。Mayer Brownの解説では、非米国企業にとって簡易ETRセーフハーバーが重要なポイントになる、と整理されています。
ここまでの内容を整理すると次のとおりです。
米国親会社グループには「他国からの上乗せ課税リスクの緩和」が大きな論点になりやすい。
非米国親会社グループには「計算や申告の簡素化」が実務上の関心事になりやすい。
もっとも、どちらも自動的に有利になるわけではありません。各国の国内法への落とし込みと、自社の利益配分やデータ体制によって、実際の影響は変わります。
セーフハーバーとは?
セーフハーバーを一言で言うと、
「一定の条件を満たしていれば、細かい計算をしなくてもいいよ、としてもらえる仕組み」のことです。
もう少し具体的に説明してみると…
◾️通常ルール
本来のPillar Two(GloBE)では、国ごとに実効税率を細かく計算し、不足があればトップアップ税を算定します。計算はかなり複雑で、データも大量に必要です。
◾️セーフハーバー
そこで、あらかじめ決められた簡易テストをクリアすれば、「この国は最低税率を下回っていないとみなす」。あるいは、「詳しい計算は不要」と扱ってもらえる仕組みが用意されているのです。これがセーフハーバー。
例えてみると、通常は「精密検査」が必要なところを、一定の基準値を超えていれば「簡易チェックだけで合格」とするようなものです。
重要なポイント
- 税金が免除される制度ではない
- 条件を満たさないと使えない
- 使えなければ通常の複雑な計算に戻る
つまり、セーフハーバーは「税負担をゼロにする制度」ではなく、「計算や申告の負担を軽くするための近道」です。
実務においては、「自社がこの近道を使えるかどうか」が大きな論点になります。
3. 日本企業に起きやすい影響(見立て):結局いちばん重いのは「データ」と「不確実性」
ここからは見立てに入ります。
現金で払う税額が増えるか減るか、という話よりも、「実務の負担がどう変わるか」という観点で整理してみました。
第一に、データ整備の負担は残念ながら続くでしょう。
なぜなら、Pillar Twoへの対応は、単に税額を計算するだけではないからです。連結ベースの数値を、国ごとに説明できる形で整理する必要があります。ERP、連結パッケージ、税務データ、監査対応をつなぎ合わせて整合を取る作業が必要になります。
この部分は、制度が多少アップデートされても急に軽くなるとは考えにくい領域です。
第二に、不確実性によるコストが発生します。
Side-by-Sideの内容が各国の国内法にどう反映されるのか、税務当局がどう運用するのかによって、同じ業界でも企業ごとに状況が変わり得ます。不確実性が高いほど、企業は保守的な見積りや引当を行い、説明資料も慎重に作る必要が出てきます。その結果、投資判断や組織設計の意思決定が重くなります。
第三に、社内の焦点が「税額」よりも「開示と説明」に移ります。
Pillar Twoは、決算注記や投資家向け資料での説明が避けにくい制度です。経理・税務だけで完結せず、IRや法務も含めた横断対応が必要になります。税務部門の内部課題にとどまらない点が、この制度の特徴です。
企業への影響は、まず現金税額として表れるというよりも、決算プロセス、監査対応、開示の説明責任といった形で先に顕在化しやすい、と見るのが実務的です。
4. 競争条件は本当に歪むのか:断定せず、歪みが出る経路を整理する
「米国企業が有利で、日本企業が不利になる」と言い切れるだけの一次情報はありません。ただし、もし差が生じるとすれば、その出方はある程度想定できます。
一つ目は、追加課税リスクの差です。
米国に親会社があるグループの上乗せ課税リスクが相対的に低くなり、非米国グループは従来どおり国別の厳密な計算を求められる状態が続く場合、税務の不確実性やコンプライアンス負担に差が出ます。これは税率の差というより、「リスクと手間の差」です。
二つ目は、簡素化措置の効き方の差です。
非米国企業向けの簡易ETRセーフハーバーなどが想定どおり機能すれば、実務負担は軽くなります。
しかし、対象条件に当てはまらない企業や国、期間が多い場合、負担はあまり下がらず、制度の複雑さだけが残る可能性もあります。
重要なのは、競争条件の差は「名目税率」よりも、
- 制度が安定して予測可能か
- 説明や開示の負担が重いか軽いか
といった点に表れやすい、ということです。
税制は競争条件を左右する一要素にすぎません。ただし、不確実性が長く続くと、企業の投資判断や事業再編のスピードを鈍らせる要因になりえるでしょう。
5. シナリオ整理:影響の出方は3パターンに分かれやすい
ここも結論を決め打ちせず、「どういう条件ならそうなるか」を前提に整理していきます。
シナリオA(比較的穏当)
簡易ETRセーフハーバーなどの簡素化措置が広く使われ、各国の国内法も徐々に足並みが揃っていくケースです。
この場合、日本企業の負担は「重いまま拡大する」というより、次第に標準化・ルーチン化されていきます。
現金税額の増減よりも、監査対応や開示、申告手続が定型業務として回るようになり、コストが見通しやすくなります。
成立条件は、各国の実装が大きくずれず、セーフハーバーが実際に機能することです。
シナリオB(摩擦が残る)
各国の実装に差が出て、セーフハーバーの使い勝手も国によってばらつくケースです。
この場合、企業は安全側に立った見積りや引当を行う必要があり、説明資料も慎重になります。意思決定に時間がかかり、管理コストが上がります。
競争条件の差は、税額そのものよりも、「判断の速さ」や「内部管理の重さ」に表れやすくなります。
成立条件は、国内法や運用のばらつきが長期化することです。
シナリオC(再編圧力が強まる)
制度上の歪みや不確実性が長く続き、企業が投資先や持株構造を見直す動きが強まるケースです。
これは推測の領域ですが、過去の大きな税制変更でも、資本構成の見直しや機能配置の再設計は起きています。
ただし、国籍変更のような大きな判断は、税制だけでは決まりません。規制環境、資金調達、ガバナンス、地政学リスクなどを含めた総合判断になります。
このように、3つのシナリオを出してみましたが、重要なのは、どのシナリオも「条件がそろえば起きる」という点です。前提条件を示さずに極端な結論だけを語ると、分析ではなく断定になるので…。
まとめ
Side-by-Sideは、米国に親会社を置くグループの上乗せ課税リスクを抑える方向の整理として報じられています。一方で、非米国企業向けの簡素化措置も含まれたパッケージです。
日本企業にとって重要なのは、「税額が増えるのか減るのか」を単純に議論することではありません。
むしろ、データ整備や開示対応の負担がどこまで残るのか、制度運用の不確実性がどの程度続くのか、そして簡素化措置が実際にどこまで使えるのかが実務上の焦点になるのだろうと思います。
さらに、このまま進んだらどうなるか?というのを「仮想シナリオ」として記事にしてみました。

出典・参考
・OECD(一次)
Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy – Global Anti-Base Erosion Model Rules (Pillar Two), Side-by-Side Package(2026-01-05)
https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/topics/policy-sub-issues/global-minimum-tax/side-by-side-package.pdf
・OECD(一次)
Global minimum tax: Understanding the Side-by-Side package(OECD公式イベントページ、2026-01-13)
https://www.oecd.org/en/events/2026/01/global-minimum-tax-understanding-the-side-by-side-package.html
・Reuters(報道)
More than 145 countries agree on update to global minimum tax deal, addressing US concerns(2026-01-05)
https://www.reuters.com/business/more-than-145-countries-agree-update-global-minimum-tax-deal-addressing-us-2026-01-05/
・Reuters(報道)
Where the global minimum corporate tax deal stands now(2026-01-06)
https://www.reuters.com/business/where-global-minimum-corporate-tax-deal-stands-now-2026-01-06/
・Mayer Brown(実務解説)
OECD Pillar Two Side-by-Side System and New Safe Harbors(2026-01-15)
https://www.mayerbrown.com/en/insights/publications/2026/01/oecd-pillar-two-side-by-side-system-and-new-safe-harbors
・Grant Thornton(実務解説)
OECD side-by-side Pillar 2 deal: Relief for U.S. multinationals(2026-01-12)
https://www.grantthornton.com/insights/alerts/tax/2026/flash/oecd-side-by-side-pillar-2
・KPMG Japan(実務解説、日本語)
第2の柱GloBEモデルルールに関するアップデート(2026-01-13)
https://assets.kpmg.com/content/dam/kpmg/jp/pdf/2026/tax-beps-20260113.pdf
