「サムスンやSKハイニックスの売上が、日本の国家予算に匹敵する、あるいは上回るらしい」
こうした見出しは目を引きますよね。「それって本当なの?」と立ち止まる人も多いと思います。
ただ、ここは一度冷静になる必要があります。国家予算と企業の売上は、本来、同じ物差しで単純に比べる数字ではありませんから。
それでもこの比較が話題になるのは、AIの時代に入り、世界のお金が特定の分野、特に「ある部品」に集中しやすくなっているからかもしれません。
自分の理解を整理するために、国家予算については財務省の一次資料で数字を固定し、半導体企業側については、企業の公式発言やReutersなどで確認できる範囲の情報に絞って整理してみました。
本当にすごいのは、AIが半導体の値段の決まり方を変えつつあること
この話題の核心は、「企業の売上が国を上回った」という勝ち負けの話ではありません。
本質は、AI向けデータセンター投資が急拡大する中で、特定の半導体、とくにAI向けの高性能メモリが不足しやすくなり、供給する側が強い立場に立つ構図が生まれている点にあります。
この状況が続けば、確かに、売上や利益の規模が、結果として「国家予算並み」に見える瞬間が出てくるでしょう。
つまり、あの見出しは単なる誇張というより、「世界のお金が集まる場所が変わりつつある」ことを、かなり雑に可視化した比喩だと考え他方が理解しやすいかもしれません。
日本の「国家予算」は、どの数字で見るのが安全か?
ネット上では「115兆円」といった数字をよく見かけますが、このあたりは定義がぶれやすいため、基準をはっきりさせた方が安心です。
そこで、日本側の比較対象としては、定義が明確な数字を使うのが無難です。
たとえば、令和6年度(2024年度)の一般会計予算は112.5717兆円で、これは財務省の一次資料で確認できます。この「一般会計の当初予算(総額)」を基準に置くのがいいでしょう。
「サムスン+SKが日本予算並み」という部分は、どこまで信じていいの?
この話題は誤解が生まれやすいので、ここで一度、線を引いておきます。
言い切ってよい部分(確認しやすい事実)
まず、「言い切ってよい部分」、つまり比較的確認しやすい事実は次の点です。
・AI向けの投資が拡大し、AIサーバーで使われる半導体の需要が強まっている
・その中でも、AI処理に不可欠な高性能メモリ(HBM)の重要性が高まっている
・HBMは生産を急に増やしにくく、需給が逼迫しやすい
このあたりは、個別企業の公式コメントや、Reutersなどによる継続的な報道で裏取りしやすい話です。
実際、SK hynixは、2024年分のHBMはすでに完売しており、2025年分についてもほぼ売り切れていると説明しています。また、Reutersもその後、HBMをめぐる供給逼迫の状況を「新たな供給網の緊張」として繰り返し報じています。
ここまでは、「事実だ」と確認しやすい領域です。
逆に、この先の数字の比較や影響評価は、断言しない方が良さそうな感じでした。
断言しない方がよい部分(前提が見えにくい予測)
一方で、断言しない方がよい部分もはっきり分けておく必要があります。前提が見えにくく、報じ方によって変わってしまったり、受け手側も判断がブレやすいのは以下の通りです。
・「2027年に売上が合計で○兆ウォン/日本円で○兆円になる」といった、年限を切ったピンポイントの数字
・「2027年分まで完売」といった、先の年まで含めた断定的な表現
・円換算した金額を、そのまま企業の強さや支配力の証明に使うこと(為替次第で印象が大きく変わるため)
投資銀行や調査会社のレポートは、あくまで予測です。為替、事業構成、価格動向、設備投資の進み方、顧客側の投資計画といった前提が少し変わるだけで、結論は簡単に動きます。
そのため、数字の大きさだけを切り取って、確定した未来のように扱うのは避けた方が無難です。
AIバブルの中心にいるのは「HBM」。
ではなぜ、これがそんなに重要なのか?
ここからが本題です。
なぜ今、メモリが主役級の存在になっているのでしょうか。
AIを動かすGPUは、計算能力そのものは非常に高性能です。ただし、計算に必要なデータがメモリから十分な速さで届かなければ、GPUは待たされてしまいます。つまり、メモリ側の「データの通り道」が細いと、GPUの性能を生かし切れません。
そこで重要になるのがHBMです。
HBMは、メモリチップを縦に積み重ね、距離を極端に短くし、太いデータの通り道を確保することで、一度に大量のデータを高速にやり取りできるようにした高性能メモリです。
イメージとしては、「エンジンをさらに速くする」というより、「道路を太くして渋滞をなくす」に近い発想です。
もう一つの重要な点は、HBMが非常に作りにくいことです。
チップを積み重ね、正確につなぎ、発生する熱を逃がし、なおかつ歩留まりを確保する。どれも難易度が高く、設備を入れたからといって短期間で生産量を大きく増やせるわけではありません。その結果、「需要は強いのに供給が追いつきにくい必需品」になりやすい構造が生まれています。
さらに、HBMを量産できるメーカーが限られている点も見逃せません。SK hynixに加え、SamsungやMicronなど、少数の企業が供給を担っているとReuters(ロイター)も整理しています。
「利益率が異常に高い」と言われる理由は、薄利多売の真逆をやっているから
製造業で利益率が大きく跳ねる局面には、だいたい共通した条件があります。
- 供給を簡単に増やせない(増産に時間と技術が必要)
- 代替がききにくい(性能要件が厳しく、選択肢が限られる)
- 買い手が「今回は見送る」を選びにくい(AI投資競争で機会損失が大きい)
- 高付加価値製品の比率が一気に高まる
HBMは、ちょうどこの条件を満たしやすい分野です。そのため、「利益が出やすい局面」に入りやすくなります。実際、Reutersも、HBM不足が続く中で、AI需要がメモリ供給の逼迫を強めていることや、各社が増産に動いている状況を報じています。
ただし、ここは重要なので強調しておきます。
こうした状況が永遠に続くわけではありません。供給能力が拡大したり、顧客側の設備投資が鈍ったりすれば、価格を主導できる力は弱まります。「この先もずっと高利益が続く」と決め打ちするのは危険でしょう。
「韓国勢が強い=日本が不利」とは限らない理由
「韓国勢が儲かる=日本が終わり」と考えるのは早計です。というのも、半導体は単体で作れるものではなく、量産には幅広い周辺分野が必要で、そこに日本が強い領域が多いからです。(あくまでも、2026年2月時点では、ですが)
HBMのような高難度の製品は、前工程(回路を作る工程)だけで完結しません。むしろ、チップを積み重ねる工程や、正確につなぐ工程、品質を確認する検査工程、さらには材料の安定供給といった部分がボトルネックになりやすいのだそうです。
つまり、韓国勢が増産に動けば動くほど、装置・材料・検査といった分野への支出が増えやすい構造があります。
そんな中、日本が強みを持つ典型的な領域は、次のような分野です。
- 製造装置(洗浄、成膜、エッチング、塗布など)
- 検査・計測(チップが複雑になるほど重要度が上がる)
- 材料(シリコンウエハ、感光材、高純度薬品など)
- 後工程(先端パッケージング、接続、封止など)
もちろん、個別企業が必ず儲かるとか、株価がどうなるといった話を、ここで断言することはできません。ただ、サプライチェーン全体で見ると、AI向け半導体の拡大は、日本企業が関わる「周辺分野」の需要を押し上げやすい構造になっています。
つまり、この話は「どの国が勝った・負けた」という単純な図ではなく、どこに価値が集まり、どの工程が詰まりやすいかを見ると、評価はだいぶ
私たちの暮らしはどう変わる?いちばん現実的なのは「地域ごとの賃金・物価の動き」
「国家予算級」という表現は派手ですが、日々の暮らしに影響が出るのは、もっと地味で身近なところからになるでしょう。
半導体投資が増えると、まず影響が出やすいのは「場所」です。
工場の建設や増産、人材の奪い合いが起きる地域では、エンジニアや関連職の賃金が上がりやすくなり、地価や家賃、周辺のサービス価格も動きやすくなります。一方で、日本全体が一斉に変わる、という形にはなりにくいのが実情です。
もう一つのポイントは、企業の投資判断です。
AI対応のための設備投資が続く限り、データセンターや電力、冷却、水、物流といった周辺分野にもお金が回りやすくなります。生活者の視点では、「どの地域で雇用が増えそうか」「どこでコストが上がりやすいか」を見ておくと面白いかもしれませんね。
迷わないためのチェックポイント
このテーマで判断を誤りにくくすには、次の四つを押さえておけば、だいたいの方向感はつかめるかもしれません。
- HBMの需給は緩み始めているのか、それとも依然としてタイトか
- AI関連の投資(クラウドやデータセンター投資)に減速の兆しは出ていないか
- 汎用DRAMではなく、HBMの比率(ミックス)が実際に上がっているか
- 供給を増やすカギになる工程(先端パッケージや検査能力)が、どこまで拡大しているか
派手な見出しを追うより、こうした点を継続的に確認した方が確実なのでは、と考えています。
まとめ
「企業の売上が国家予算を超える」という比較は、厳密に見ると同列に扱うことはできないものです。
それでもこの話題が強く刺さるのは、AIの時代に入り、「供給を急に増やせない必需品(HBM)」にお金が集まり、売る側が強くなる構造がはっきり見えてきたからなのでしょう。
数字のインパクトに引っ張られるよりも、「なぜそうした見立てが出てくるのか」を理解しておく方が色々と健全かもしれません。
出典・参考(一次情報・信頼できる報道)
- 財務省:Highlights of the FY2024 Draft Budget(一般会計総額112,571.7十億円の記載)
https://www.mof.go.jp/english/policy/budget/budget/fy2024/01.pdf - Reuters:SK hynixのHBM4に関する報道(HBMの技術説明、量産準備、競争状況の言及)
https://www.reuters.com/world/sk-hynix-says-readying-hbm4-production-after-completing-internal-certification-2025-09-12/ - Korea JoongAng Daily:Morgan Stanleyの「Winter is Coming」レポートを巡る報道(調査言及)
https://koreajoongangdaily.joins.com/news/2024-10-06/opinion/meanwhile/Will-Morgan-Stanley-prove-its-credibility/2149097 - Counterpoint Research:DRAM/HBMの市場シェア(四半期推移の掲載)
https://counterpointresearch.com/en/insights/global-dram-and-hbm-market-share
