かつて音速の2倍で大西洋を一気に渡り、
ロンドン—ニューヨークを「約3時間半」に縮めた超音速旅客機コンコルド。
2003年の退役をもって、民間の空から超音速は消えました。
しかしいま、静かに、けれど確かに、復活の足音が近づいています。
鍵を握るのは「低ソニックブーム(静かな衝撃波)」です。
SST・コンコルドとは?
SSTは「Supersonic Transport(超音速旅客機)」のこと。
その象徴が英仏共同開発のコンコルドです。
1969年に初飛行、1976年に就航したコンコルドは、
巡航マッハ約2.0で飛ぶデルタ翼の旅客機でした。。
定員は約100名、最盛期にはロンドン/パリ—ニューヨークを約3時間半で結び、
航空史に「速さの時代」を刻みました。
コンコルドにはどんな未来像が描かれていたのか
コンコルドは、どんな未来を私たちに描かせてくれたのでしょうか。
一言で言うと、「時間の壁」を破り、都市と都市の距離感を半分にする未来像でした。
午前にロンドンで会議、同日の午後にはニューヨークでランチ。
そんな「時差よりも速い」日常は、ビジネスも文化交流も政治交渉も加速させるだろう。
コンコルドは、その象徴だったのです。
なぜコンコルドは未完に終わったのか
なぜ、この計画が未完に終わってしまったのでしょうか。
一言でいうならば、
騒音規制(ソニックブーム)、経済性、そして安全への信頼低下が重なったから、でしょうか。
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陸上超音速は禁止されていた。(米国では14 CFR 91.817)
そのため、需要を分散させることができず、採算を取ることが難しかった。 - 経済性
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燃費が悪く、100席規模では座席当たりコストが高い。
運賃は当時でも超高額で、需要は富裕層に偏在。 - 安全と信頼
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2000年のコンコルド事故(AF4590)と
2001年9月11日後の需要低迷が追い打ちとなり、2003年に退役へ。
現在はどのように引き継がれているのか
完全に終わってしまったのでしょうか。
いいえ。
「静かな衝撃波」を中心に騒音を管理する方向へ、研究と規制が動き始めたのです。
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NASAのX-59(Quesst)は、ブームを「ドン」から「トン」へ。
人が受け容れられる音圧に整形する仕組みを目指している。そして、コミュニティ反応データを規制当局に提供し、
陸上超音速のルールづくりを後押ししようとしている。
※「陸上」でも超音速を飛ばしてもいいという風に航空規制を変えてもらえるようにする - 日本の貢献
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JAXAはNEXST-1で「抗力13%低減(対コンコルド)」を、
D-SENDで「ソニックブーム半減(設計概念の検証)」を実機試験で示した。静かで効率的な機体形状設計の基礎データは国際標準化にも活用されている。
- 規制の動き
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世界的には、騒音をどう測り、どこまで許容するか?が焦点となっている。
ICAOは超音速機の新ノイズ基準(チャプター15・LTO相当)を
2029年以降の新型に適用する方向で合意。米国でも試験飛行を容易にする特別承認手続きが整備され、政策的な見直し議論が続いている。
年表
そう、退役で途切れたわけではありません。
研究は静かに続けられており、そして今、また日の目を見ようとしています。
- 2003:コンコルド退役。
- 2005:JAXA「NEXST-1」飛行実証(豪・ウーメラ)。超音速抗力の低減効果を実証。
- 2011–2015:JAXA「D-SEND」気球投下・実証機試験。低ブーム設計概念の検証に成功。
- 2016–:NASA「Quesst(X-59)」始動。低ブームXプレーンの製作へ。
- 2021:米FAA、超音速試験飛行の特別承認手続きを近代化(SFA)。
- 2024–25:X-59地上・統合試験から初飛行段階へ。Boomの実証機XB-1が超音速達成(民間資金機として初)。
- 2025:ICAO理事会、超音速ノイズ基準(チャプター15)の適用時期を2029年とする決定文書を公表。
「復活」はどこまで来ているのか
さて、実際どのような感じで「復活」してきているのか、というと。
海上中心の「限定的復活」は現実味を帯びています。
ですが、エンジンと規制が最大の関門です。
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座席数64–80、巡航M1.7を掲げる旅客SST。
ユナイテッド(15機+35オプション)とアメリカン(20機+40オプション)が合意、
JALは最大20機のプレオーダー権を保持。2025年、実証機XB-1がマッハ1超えを達成。
量産・型式証明・運航規制・エンジン開発という難関を同時に越える必要がある。 - NASA X-59(Quesst)
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低ブームを実飛行で立証し、地域住民の受容データを収集。
これが将来の「陸上超音速」解禁・条件設定の根拠データになる。 - 規制のリアル
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米国では依然として一般の陸上超音速は禁止。
海上ルート中心に「半分の時間」を実現しつつ、
陸上区間は高速(M0.94前後)サブソニックでつなぐ、
という運航デザインが現実的だと考えられている。
メーカーの就航時期目標(「2029〜2030ごろ」など)は繰り返し見直されています。
現実の商業運航は2030年代の見立てが妥当、という専門家評価もあります。
まとめ
技術は「静かな衝撃波」へ。
制度は「受容可能な超音速」へ。
夢は「速さの再設計」として蘇りつつあります。
もし、低ブームの基準と測定法が整い、経済性の壁(エンジン・燃料・座席数)を越えられたら。
超音速は「特別な贅沢」から「海上中心の高速幹線」へとなり、
世界の距離感をまた一段縮めてくれるかもしれません。
「速い」ことが本当にいいことなのだろうか。
そういった問いも常に心に持ちながらも、技術の進歩を見守っていきたいと思います。
用語解説
- SST(Supersonic Transport)
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超音速旅客機。音速(マッハ1)を超えて巡航する民間機。
- ソニックブーム
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超音速で生じる衝撃波による、ドン!という大音響。
低ブーム設計は衝撃波を分散・整形して「トン」程度の音圧に抑える技術。 - 低ソニックブーム実証(X-59/D-SEND)
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実機・投下模型で、音圧や波形を測定し、設計・予測モデルの妥当性を検証する試み。
- LTO騒音
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離着陸時の騒音。ICAOの国際基準(チャプター)で定義。
FAQ
- コンコルドの運賃はいくら?
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990年代の往復で約7,500米ドル〜12,000米ドル程度の水準。
現在のインフレ換算では数万ドル相当。 - 次世代SSTの運賃は?
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メーカーは「現行ビジネスクラス並み」を目標としているが、
最終的にはエンジン開発・燃料(SAF)供給・規制条件に左右される。
実勢価格は就航後に決まる。 - 日本—米国は何時間に?
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海上区間で超音速巡航できれば、
東京—シアトルは8.5〜9時間→約4.5時間という事業者試算が示されている。
ただし、運航経路・給油・規制の前提で変動する。 - コンコルド効果とは?
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すでに投じた費用(サンクコスト)にとらわれて、
本来なら中止すべき判断を先延ばししてしまう心理的傾向のこと。採算が取れないとわかっていながら継続された超音速旅客機「コンコルド計画」が由来。
- サンクコスト効果とコンコルド効果は同じ?別?
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サンクコスト効果とコンコルド効果は基本的に同じ意味だが、
サンクコストが「お金などの回収できない費用」を強調するのに対し、
コンコルド効果は「努力や国家的威信に縛られて撤退できなかった」という意味で使われたりする。
※由来がコンコルド計画の実例だから
参考文献・一次資料
- British Airways「Celebrating Concorde」:コンコルドの基本データ、NY—LONの典型所要など
- FAA「14 CFR §91.817/§91.818」:米国内の陸上超音速禁止と特別承認(SFA)
- ICAO理事会 決定文書(235/10):超音速機のLTO騒音基準「チャプター15」適用(2029年以降)
- NASA Quesst(X-59):低ソニックブーム実証の目的と進捗
- JAXA NEXST-1(2005年飛行結果速報)・D-SEND(2011/2015):低抗力・低ブームの実証
- Boom Supersonic:航空会社との合意、XB-1の超音速達成、JAL出資・プレオーダー権、XB-1超音速(プレス)
- Reuters:XB-1のマッハ1.1到達(2025年1月)
- Encyclopaedia Britannica/Smithsonian:コンコルドの代表的運賃例・背景