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【ショート・ショート】ベストセラー作家の休筆宣言

かの著名な作家、桜井陽一が「休筆宣言」をしたという。

そのニュースは瞬く間にSNSを駆け巡り、ファンたちに雷が落ちたような衝撃が走った。
なにしろ彼は、最新作が出るたび、ベストセラーの座を必ずと言っていいぐらいに手にしてきた作家なのだ。

そんな彼が「もう書かない」と言うのだから、一大事である。

目次

我、ここに休筆宣言す

その日、桜井はいつもと変わらぬ朝を迎えた。
いつものルーティンを済ませると書斎にこもり、
机に向かって原稿用紙を広げ、ペンを手に取った。

だが、その瞬間、桜井の手はピタリと止まった。何も思い浮かばなかったのだ。

「どうしたことだ…?」

桜井は焦った。

いつもなら出だしは自然と筆が動きだすぐらいなのに、今日はどうしても筆が動かなかった。
それでも原稿用紙にペン先を当てるが、
まるでインクが枯れてしまったかのように言葉が出てこなかった。

その時、桜井は思い出した。昨晩見た夢のことを。

それは奇妙な夢だった。
夢の中で彼は、自分が描き続けてきたキャラクターたちと会話をしていた。
彼らは一様に桜井に向かって言った。

「もう私たちを解放してくれませんか?」

桜井は驚いた。「解放とは、どういうことだ?」

キャラクターの一人、探偵が答えた。

「我々はあなたの頭の中で、あまりにも長く拘束されてきたのです。
もう、十分ではないでしょうか?」

作家としてのプライドが揺らぐ。
だが、彼は聞き返した。
「それでは、私は何をすればいいのだ? 君たちがいなければ、私の物語は書けない」

すると、キャラクターたちは口々に言った。
「あなた自身が解放されるのです。我々が去れば、あなたも自由になります」

この夢のことを思い出した桜井は、この会話が何を意味するのかを考えてみた。

「自由になる…」

彼はこれまで、文字通り膨大な数のキャラクターたちを生み出し、その人生を操作してきた。
彼らは彼の意のままに動かされ、時には喜び、時には苦しみ、時には死んでいった。

だが、桜井自身はどうだっただろう? 

彼はキャラクターたちの物語に縛られ、彼らの思考に囚われ続けてきた。
自分自身の人生を、いつの間にか彼らに支配されていたのではないか。

「もしかすると、私はずっと奴隷だったのかもしれない…」

桜井はそのことに思い至った。その瞬間、ペンを置き、原稿用紙を片付けた。
そして、そのペンが二度と手に取られることはなかった。

「休筆宣言」を発表した日、桜井の作家仲間たちは一様に驚き、彼に連絡を取ろうとした。
しかし、桜井はそれに一切応じなかった。
彼はただただ自分の書斎にこもり、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

時間が経つにつれ、ファンたちは「彼は何か深い考えに至ったのだろう」と噂し合った。
出版社は焦り、次回作の予定が立たないことで売上の減少を心配した。

しかし、そんな周囲の声も意に介さず、桜井はただ静かに過ごしていた。
ペンを手に取ることなく、何かを考えることもなく。
ただ、穏やかに時を過ごしていた。

それからしばらくして、桜井は再び夢を見た。

今度の夢は以前とは違っていた。
彼は広い草原の中に立っていた。
目の前には彼がこれまで生み出してきたキャラクターたちが自由に駆け回っていた。
彼らは楽しそうに笑い、喜びの声を上げていた。

「ありがとう、桜井さん」

彼らはそう言って、一人また一人と消えていった。
彼らはもう桜井に縛られることはなく、自分たちの物語を生きることができるのだ。

桜井は静かな草原に一人残されていた。
だが、今はもう孤独ではなかった。
彼はようやく、自分自身の物語を歩み始めたのだ。

そして、その日以降、桜井の姿を見た者は、いなかった。

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